多くのお母さん方がおそらくこうであろうと思う。
子どもが食事の前におやつを欲しがるが、食べさせるとご飯を食べられなくなる。
ご飯の後にならいいが、ご飯の前におやつを食べたいと言ったら、「だめ」と言うか、制限して少しだけあげる。
栄養的に、体のことを考えて、また甘いお菓子は虫歯の原因にもなり、できるだけ食べさせたくない。
母親教室や子育て相談室で何度も質問されたことである。
子どもへの対応は「オールOK」、もちろん食事前だろうが、後だろうが子どもが欲しいと言ったら、食べたいという分をあげてくださいという。
そんなことをしたら制限なくいくらでも子どもは食べ続けるのではないかと思い、とんでもないと言われる。
あるクライアントの子どもが、同じようにチョコレートを食べたいと言う。
お母さんであるクライアントは、あまり食べさせたくはない。
家では制限して、少しだけ食べさせていた。
親子でお友達の家に遊びに行き、そこで何人かの子どもにチョコレートが分け与えられた。
そのクライアントの子は、自分の分を食べ終わると、お友達の分まで取って食べた。
クライアントはそれが恥ずかしかったという。
それは家で制限しているからで、欲しいときに欲しい分をいつでも食べられるなら、人の分までとっては食べない。
「どうしたらいいでしょう」と聞かれたので、「家で制限せず食べたいだけ食べさせてください」と言った。
一袋全部欲しいと言えば、一袋全部与えるということ。
実行してもらうと、最初はこれまで制限された分を取り返すかのようにチョコレートを食べたが、そう何日も続かず、食べる量もほどほどに落ち着いていき、お友達の分を取って食べるということもなくなった。
この話を何年か前に母親教室でしたとき、クライアントはそうかと実践した。
しかし、クライアントいわく、100%信じたわけではない、ただそういうこともあるかなと思い、自分の中で一週間だけやってみようと思ったと。
やってみると、三日頃から結果が出だし、やっぱりそういうことかと思ったという。
満足する、足るということが大事である。
また、心が健康であれば、今自分の体に何が必要かわかるようになる(体の声を聞けるようになる)
おやつやお菓子だけでは動き回る子どもにはもの足りず、ご飯を食べたくなる。
そのとき、母の手作りの愛情こもったご飯が子どもの心を育てていくでしょう。
http://lacan-msl.com/contents.htmlラカン精神科学研究所のホームページ
http://mama.lacan-msl.com/ オールOK!子育て法のページ
http://indoor.lacan-msl.com/">不登校・ひきこもりに悩む方々へのページ
http://tokyo-mtl.com/analysis/"月刊精神分析のページもご覧ください
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1983(S.58)年 結婚とともに京都市伏見区に住む。後に二女の母親になる。
1994(H.06)年 精神分析を受け始める
二人の娘をのびのびと心豊かに、優しく育てたいと願いながら、全く逆に口うるさく命令指示し、手さえ上げてしまう自分に愕然とし、これは治療の範囲であることを自覚し、分析治療に入る。
1996(H.08)年 大沢精神科学研究所のインテグレーター養成講座で、3年間精神分析理論を学ぶ。
1999(H.11)年 吉川精神科学研究所を開設する。
1999(H.11)年 母親教室開始。
2001(H.13)年 吉川精神科学研究所ホームページ開設
2004(H.16)年 ラカン精神科学研究所に名称を改め、インテグレーター名を天海有輝とする。
2004(H.16)年 ラカン精神科学研究所ホームページ開設
2005(H.17)年 京都府青少年の社会的ひきこもり支援ネットワーク協力参加
2007(H.19)年 天海有輝のセラピー日記(ブログ)開設
2007(H.19)年 ㈱ラボックスの「京都良店」に「京都良店的深層心理テスト」掲載開始。
2007(H.19)年 分析理論講座・インテグレーター養成講座開始。
ラカン精神科学研究所の名称と、インテグレーター名「天海有輝」は、精神分析的考えのもと、他者の願望や欲望によって付けられた、子ども時代の名前を改め、自らの意思と主体性をもって、自らが名づけました。フランスの分析家ジャック・ラカンを目指し、また無意識という闇を意識の光で照らし、自らも天と海の間にあって、光り輝く人となるように、そういう意味を込めました。